【アイゼン=リリー】 プロローグ  窓が開け放たれていた。  そこから見える空は、嫌味なほどに澄み渡り、白い鳥は心地よさそうに 大空を滑空していた。  ストケシアはそれを見て、満足そうに微笑みながら、編み物を続けた。  付き合って一ヶ月になる、はじめての恋人へ贈るための毛糸のマフラー。 稚拙な出来だが、苦心して作製したのがよく分かり、貰う男はきっと大喜び するに違いない。  グロリオーサ王国の進んだ技術をもってすれば、編み物など機械の力に頼って 簡単に作ることが出来る。しかしストケシアはそうしようとしなかった。  友人のパフィやブロシア、リアトリスには笑われたが、こんな科学の発達した 時代だからこそ、手作りで想いを伝えたい――そんな想いを抱いていた。  風が吹き、部屋のエーデルワイスがさやさやと揺れた。  彼女にとって、全て満ち足りた、この上ない生活。自分が明日死に、 その三ヵ月後に世界が崩壊する。そんなことは、ストケシアに知る由もなかった。  新たな足跡が刻まれる。  アイゼン=リリーの物語は「ジャイアント=ステップ」から沈まずに残った クレマチス諸島の小さな島、ランドモス島からはじまることになる。 「…ここは……どこ」  アイゼン=リリーは目覚めた。リリーに理解出来たのは、自分が生きていること、 そして、地面に体が半分埋まっていることだ。  リリーは腕の力で地中から体を抜き、大地に立った。 「…なにもわからない。なにも……」  そんなリリーはふと、見上げた。 「…ゴレム!」  リリーの頭上高くには、奇妙なほどに巨大な土人形の顎が見えた。  リリーは、背中の釣竿のようなものを手に取った。  そして竿の柄のところに頬擦りして、ゴレムの肩部関節目がけて鋭く糸を放った。 糸は肩と腕の繋ぎ目に巻きつき、リリーは一瞬でゴレムの肩にまで達した。 「ル・レーブ――これも、憶えているわ」   ル・レーブを背中にしまい、リリーはゴレムの頬に耳を当てた。 「そう……ゴレム。あなたは、私が起きるまでずうっと、待っていてくれたのね ……ありがとう、あなたは、本当に優しい弟だわ」  ゴレムに首はなく、胴体と頭部がそのままくっ付いていた。  リリーはゴレムの頬に口付けしてから、言った。 「今まで、待たせて御免ね。さあ、行きましょう――」  アイゼン=リリーとその弟ゴレムの旅がはじまる。