V  空は、充満する煙でぼやけて見えた。  数十秒間隔で響き鳴る大地。  アイゼン=リリーは、地震のような震動で目を覚ました。 「…この臭いは、なに」  リリーの鼻は、今まで嗅いだことのない、それでいて、どこかで知っているような 臭いを嗅ぎつけた。  リリーは辺りを見回した。  ――積もっている。  それは、大量の死体だった。  天高く積まれているそれに、火が点けられているのだ。  人肉を焼く。そしてそれに伴う異臭。周りの人間達は、皆、鼻を摘みながら 泣き顔になっていた。  その涙が、単に強い臭いによるものなのか、それだけではないのか――リリーには、 後者に思えた。  地震が止まらない。  リリーは、近くにいた、目に涙を一杯に溜めている少女の肩に手を置き、声を掛けた。 「ねえ、この地震はなに?」 「えっ、お姉さん、だれ……」 「私はリリー。アイゼン=リリーよ」 「…………」  少女は、声を上げて泣きだした。  きっと、あの山の中に自分の家族がいるのだわ、とリリーは直感的に思った。 「あっ」  リリーは、少女のまぶたを舐めた。  どうしてそんなことをしたのかは、リリー本人にもわからなかった。 「…なにするの?」  少女は、呆気にとられた顔をして言った。しかし、余りのことに、悲しみも 一時的に飛んで行ったようであった。  リリーはそれに答えずに、 「…これは、地震なの?」  少女は首を横に振った。 「巨人。巨人の、足音」 「…それは、どこにいるの」 「そこに、いるじゃない」  そこって――リリーは、少女の指差した方を見た。  遠くの方に、黒い壁があった。  黒い壁は、確かに、ゆらゆらと動いていた。 「突然現れて、へんな光線を出して、いっぱい家を焼いて……そしたら、ああして 帰って行ったの。私も、殺してくれればよかったのに」  黒の巨人。確かに、あの絵の通りだ、とリリーは思った。  追わなければ。 「有難う。でも、死にたいなんて思っては、いけないわ」  リリーは少女の頭をなでた。  そして、出来る限りの微笑みを作って、 「この世界のことを知らずに死ぬのは、勿体無いもの」  そう言って、黒の巨人を追う為走りだした。 「…こんな世界のことなんて……知りたくもないわよっ!」  少女は、段々小さくなってゆくリリーの背中へ向けて、叫んだ。 「お父さんもお母さんもいない、こんな世界のことなんて……もう……どうでも……」  そして、少女はその場に泣き崩れた。心配してくれる人間は、もう誰もいなかった。