W  巨人の一歩一歩は大きかった。  アイゼン=リリーがどれ程必死に走ろうとも、その距離は縮まるどころか 広がるばかりだった。 「このままじゃ、追い付けないわね……」  リリーは一度立ち止まり、斜め上を見上げた。  黒い巨人。  その顔は雲に隠れ、見通すことができない。  ゴレムより大きいわ、とリリーは思った。  リリーは、ル・レーブを取り出した。  周りは背の高い木々に囲まれていて、等間隔に並んだ木々は、この先どこまでも 続いて行くようだった。  リリーはル・レーブをしならせた。  弾力性のある竿と糸が木の枝に巻きついたのを確認し、リリーは後ろ側に跳んだ。 振り子のように、リリーは段々と勢いをつけていく。  そして、飛んだ。  リリーは、今までの何倍もの速さで巨人に近付いていく。  ル・レーブは、リリーの手足の如く動いた。  着地する寸前に、リリーは再度ル・レーブを操る。  木の枝に巻きつけ、勢いを継続したまま、さらに大きく、速く飛ぶ。  竿はしなる。  枝々を中継し、リリーは反動をつけて飛び続けた。  そして、遂に巨人の足が目の前に迫ってきた。  最後、リリーはこれまででもっとも勢いをつけ振り子を形成し、高く飛び上がった。  巨人の体にぶつかりそうになる。しかしリリーはここでもル・レーブを繰り、瞬時に 巨人の上腕部に巻きつけた。  リリーはこうして、巨人に追い付いた。 「ありがとう、ル・レーブ」  そう呟いたあと、リリーはもう一度、振り子になった。 「もう少しだけ、頑張ってね」  リリーは、上空に向かっていった。  雲をつき抜け、リリーは巨人の顔を目にする。  そして肩口に着地した。  だが、その瞬間。 「消えな」  何者かが、突然背後からリリーの背中を蹴りつけた。  不意を突かれ、リリーは巨人から落ちていった。 「…危なかった」  リリーは、またル・レーブに助けられた。  巻きつけた位置は、先ほどと同じ上腕部。  もし、この高さから地面に叩き付けられていたなら――丈夫なリリーといえども、 ただでは済まなかっただろう。  リリーは、ル・レーブの柄を撫でた。 「ふう。しかし、なんだったんだ、あの女……」  巨人の頭の上にあぐらを掻いていたのは、見た目小さな少年だった。 「人間が、どうやってここまで――またか」  少年は、再び肩口まで飛んできたリリーを目の当たりにした。  リリーは、三白眼に凄みを込めて、頭上の少年を見た。 「あなたが、私を蹴落としたの?」 「そうですがなにか?」  少年は仏頂面で言った。  そして続けて、 「へえ。なかなか美人じゃない」 「突然人を蹴り落すだなんて、あなた、ろくな子じゃないわね」 「俺はこいつを守らなくちゃならないんだ。自分以外は全て敵さ。勿論あんたもね」  リリーはそれを聞き、溜息をついた。 「寂しい子」 「なんとでも言えよ。ゴーレム! この女を振り落とせ! そして二度と上がって こられないように握り潰してしまえ!」  少年の命を聞き、ゴーレムと呼ばれた巨人は大きく揺れ始めた。  リリーは大きくぐらつきながら、 「あなたが、この巨人に命令しているのね。人間を襲わせたのもあなた?」 「ああそうだよ。俺も、こいつも、そういうふうにできているんだから」 「…ちがう」 「…なにが?」 「誰しも、破壊のためになんて出来ていないわ。そんなことのために生まれてくる わけじゃない」  ゴーレムは、リリーを掴み取ろうとする。 「破壊のためになんて、絶対に――」  ゴーレムの手が止まった。 「え……おい、ゴーレム! 何をしてるんだ! さっさとその女を潰すんだよ!」  ゴーレムの手が動いた。  その手は、肩口ではなく、頭の上に向かっていった。  ゴーレムは、少年を掴み取った。 「おい、なにを――」  ぐし、と音がした。  ゴーレムの握り拳から、赤い液体が滴り落ちる。  リリーは、震動の止んだゴーレムの肩口に、へたり込んだ。 『おい、アイゼン=リリー! アイゼン=リリー!!』  リリーの頭の中に、セロスの声が響いた。  リリーが目を覚ましたとき、一番最初に目にしたのはセロスの顎髭だった。 「大丈夫か? 無理しやがって……」  顎が動いた。リリーは起き上がり、言う。 「…私、いつの間に……」 「絵の世界に入り込みすぎだ。アイゼン=リリー」  セロスは言った。心配していたのか、表情には疲労の色が濃く見えた。 「…巨人は、悲しそうだったわ」 「…感情移入するな。絵というのは、不変だ。お前があの中で何を成そうが、絵は 変わらないし、中の世界は永久にループし続ける……まあ、そういうもんなんだ」 「…『ジャイアント=ステップ』……巨人達の、刻んだ、足跡……」  リリーは、そう呟いた。  世界を少し、身を持って知ることが出来た、気がした。