W  華美に過ぎる。――謁見室に入室したラケナリの第一印象がそれだった。  数十年振りに訪れたグロリオーサ城の様子に、ラケナリは感情を表に出すことはしなかった ものの、心の中には静かな衝撃が走っていた。  俺は何かに化かされているのか? なんだこいつらは。お前達は女王に仕える従者だろうに どうして皆一様にそんな実用的とは思い難い格好をしているのか。貴族気取りなのか。いや貴族 なのかもしれないが女王の前ではそれなりの格好というものがあるだろう。  昔はこうではなかった。少なくとも前女王の時代は。――ラケナリがまだ青年であった頃、親の 付き添いという形でグロリオーサ城が主催したパーティに出席したということがあった。その頃の シルフィウムはまだ握った母親の手を離せないほどの幼児であった。  当時のグロリオーサ王国は今ほど上流階級と中流階級のギャップが激しくなく、それゆえに パーティの雰囲気もどこか牧歌的なものだったとラケナリは記憶している。そんな状況でスタッフ にもどこか緩い空気が生じてきそうなものだが、城の従者達は笑顔でありながら目は油断していな かった。  女王に恥を掻かせてはいけない。王家の信頼を失墜させることは許されない。こうした堅苦しく ない集まりでこそボロが出るものだ。引き締めて皆励めと、前女王は言っていたに違いなかった。  そして前女王の第一子であり、現在の女王であるノウゼンハレンの存在も、従者達に緊張感を 与える上で有効に作用していたのは疑いようもなかった。ノウゼンハレンが特別何かを発言したり、 また威圧を与える行動を起こしたわけでもない。それでも、誰にも将来の女王は彼女だと一目で 理解できた。女王の第二子であることを必要以上に強調し、参加者を続々平伏させていたあの精神 的醜女とはエライ違いだった。  若き日のラケナリが、手を伸ばせば触れられるような距離でノウゼンハレンと邂逅を果たした のはその時だった。ラケナリは筆を執り、喧しい会場の中で一心不乱にノウゼンハレンを描いた。 当然ながらラケナリがノウゼンハレンを描いたのはこの時が最初である。ノウゼンハレンは穏やか な笑顔でラケナリの絵を褒めてくれた。その笑顔が今もラケナリの宇宙の中で眩く輝いている。  それなのに。ラケナリは戸惑う。ノウゼンハレンの治めるこの城がこんな状況に陥っているのは 何故なのか。  答えは無残なものだった。  謁見室に現れたノウゼンハレンが入ってきても、弛緩した空気が引き締まることはなかった。 ラケナリの中に疑問符が溢れ出した。  これが本当にノウゼンハレンなのか? こんな凡庸なはずがない。他人なんじゃないか。いや 顔のイメージは合っているがしかし輝きがない。これではただの――同世代の女ではないか。賢王 ノウゼンハレンはどこへ…… 「シルフィウム所長から話は聞きました。我が国のさらなる技術発展に貢献したそうですね」  ラケナリの作り上げた新しい人型は、シルフィウムの求めるクオリティをさらに上回っていた。 気を良くした弟は、兄の望みを気前良く叶えてやり、ついでに服まで貸してやった。  若くして所長と呼ばれ多くの研究員を束ねるその姿は二十近くも年下の人間とは思えず、心の隅 に惨めさが顔を覗かせた。  憧れの先にある実際はこんなものなのかもしれない。年を取って変わる人間もいる。人間は 移ろいやすく、自分以外の周囲からの影響を受けずにはいられない。或いは変わる変わらないと いう話ではなく元々のノウゼンハレンがラケナリの言う凡庸だったのかもしれなかった。  何しろ、ラケナリがノウゼンハレンと直接顔を合わせるのはこれがほんの二度目なのである。 一度会っただけでその人の力量を全て見抜けるのなら、大した洞察眼だろう。  世間が賢王と呼ぶ理由も、少し頭を働かせれば容易に想像がつくことではなかったか。現時点で 上手く行っていることになっている国でネガティブキャンペーンを行う必要などどこにもない。 ラケナリは事ここに至ってようやく、自分も散々馬鹿にしていた世論にそのまま乗っかっていた ことに気付かされた。気付かざるを得なかった。  シルフィウム、俺は望まない方が良かったかもしれない。 「それでその人形は今どこに?」 「…本日持参する予定でしたが、私としてはまだ出来に不満があり、研究所に差し戻しています。 いつか必ず、お見せいたします」  俺を見るな。俺に向かって話し掛けるな。  その窪んだ目で視線を向けられる度に俺の中のあなたが遠くなる。そのしゃがれた声を聴く度に 胸の奥が痛くなる。  俺は、もう二度とあなたに会わない方が良かったのかもしれない。心の中にあの姿のままずっと 居てくれればそれで良かったのかもしれない。 「そうですか。いえ、良いのです。"巨人祭"までには間に合わせて欲しいものですが――」  初耳である。 「巨人祭……ですか」  ノウゼンハレンは意外そうにラケナリを見た。 「御存知ありませんでしたか」 「恥ずかしながら」  俯いてラケナリがこぼす。ノウゼンハレンの視線を合図に、従者が一つ咳払いした。この女も やはり、必要以上に華美な装いであった。  従者は誰もが知っている伝説上の物語の冒頭をそのままなぞった。――ご存知です? 浮世離れ していることは自認しているが、それくらいはラケナリも知っている。この国で生まれてその物語 を知らない人間などいるわけがない。目の前に立つ若い女従者の想像力の欠如ぶりに頭痛がした。  この世界を形作ったと伝えられる四対の巨人の物語。 「…知らないなら、そいつはグロリオーサ人ではない」  そうですね。と従者は軽く流してくれた。だがその後が長かった。 「四対の巨人は星の表面を覆う海の中に飛び込み、海底を踏み付けます。すると不思議なことに 残された足跡を中心として海底がどんどん盛り上がってくるではありませんか。そして遂には海面 から地面が顔を出し、それが陸地となりました。巨人達はこれだけ陸地があればもう十分と納得 し合い、海の底よりさらなる底へと潜っていきました。そして長い年月が経ち陸地に生物が誕生 しました。その中には我々グロリオーサ人の先祖もいて、彼らは現在のグロリオーサの……」  …そうして、巨人祭が行われることとなったのです。  この結論に至るまで、随分と長くかかった。この者には幼い子供がおりまして、毎日のように子 供に巨人物語の読み聞かせをしているものですから。ノウゼンハレンはそう言ったが、ラケナリの 目が鋭くなったことに果たして気付いたか。   部下の無軌道さを咎めもしない。それは余裕からくる甘さだ。俺のノウゼンハレンは確かに温和 ではあったが甘さはなかった。お前は誰だ。俺のノウゼンハレンはどこへ消えてしまった。  ラケナリが目を瞑ると、宇宙がぼやけて見えていた。  その頃、研究所の地下では巨人の建造が着々と進んでいた。