この女性は、誰――? 「あなたにはできないわ。だから教えない」 “どうして!? やってみなければわからないじゃない!”  ――“私”が、そう反発する。 「許しませんよ、私は――あんな、育ちの悪い子と、なんて……」  目の前の女性は、とても優しそうだった。  優しそうな笑顔から、怒りの言葉を吐き続ける彼女。  それは、まるで、貼り付いた、そう、絵のような―― “…お母さんが教えてくれないのなら、自分で勉強して、作るわ”  ――“私”の思いも、相当に強い。  今、目の前の女性に否定されていることが、よほど大事なことなのだろう。 「…勝手になさいな。私は、知りませんからね――」  女性は優しそうな笑顔で、“私”を背けた――  ――アイゼン=リリーは、夢から覚めた。  これまでも、リリーは何度か似たような夢を見ていた。  毎回内容は違うものの、自分の目となっている人物は、常に同じだった。 “私”は、誰なのだろう。  リリーの中で、その思いは、夢を見るたびに膨らんでいった。 「…あ、ゴレムお早う――」  そう言ってすぐ、リリーは空を見上げた。  夜の帳はおりていた。 「――もう、夜だけどね。ゴレム、私、どれ位眠っていたかしら?…え、太陽が…… 私、随分長いこと寝ていたのね」  ゴレムはこう言っていた。 “太陽が3回昇って、3回沈むくらいだよ”  リリーは、そう聞いて、ゴレムに申し訳がないと思った。  ゴレムは休みなく歩き続けているのに、私はただ寝ていただけだ――  でも、自分に何が出来るわけでもない。リリーはそうも思った。とにかく、 自分が歯痒かった。  そんな時、ゴレムはリリーに言う。 「…有難う。御免、ゴレム」  ゴレムがリリーにかけた言葉は、きっと、優しい言葉だ。  ゴレムが伝えたのは、それだけではない。 「…見えてきたわね――」  あたらしい島だ。  山の多い島だった。  夜の闇が、巨大なゴレムの身を隠してくれる。高い山もあった。  今回は、上陸させてあげられる。リリーは、心から安堵した。  そろり、そろりと、ゴレムは大地に足を“沈めた”。 「慎重にね……この島の人達を、起こさないように」  運の良いことに、すぐ近くに標高の高そうな山があった。ゴレムより 遥かに背丈の高い彼にならば、安心して任せられる。  リリーは、その山すそに、ゴレムを横たわらせた。  じっとさせてしまうことには変わりないが、冷たく寂しい海の中よりは、 よほど良い。リリーは思った。 「ここなら、いつでも会いに来られるからね」  リリーは、ゴレムの頬に耳を当て、言った。 「…この島にいつまでいるかはわからないけれど、毎日夜になったら、忍んで来るわ。 …大丈夫? また、強がって――それとも、本音なのかしら? だったら、私、少し 寂しいな」  ゴレムは、姉に対して一切泣き言は言わなかったようだ。それがリリーには頼もしくも あり、若干寂しくもあった。  山とともに、森が占める面積も非常に大きい島だった。  夜目がきくリリーは、苦もなく入り組んだ森を進んでいった。  道は全く整備されていない。正確には、“かつては”整備されていたようだった。 昔は登りやすいように手が入れられていたのだろう。今は見る影もなかった。  それが、リリーにとっては妙に気に掛かった。  人はいる。いる、けれど――  しばらく山を歩いていると、ぼんやりとした明かりが遠くに見えた。  夜目がいくらきくとはいえ、やはり明かりを見ると心が安らぐ。  リリーは一息ついて一度立ち止まり、明かりへ向かってまた歩き出した。  この時、リリーは気づかなかった。あの場から発せられている邪な空気に。  それは、明かりがもたらす安心感のせいだろうか――  この島は、シャガ島という名だった。  リリーが見た通り、多くの山があり、そしてそれぞれの山に人間が巣食っていた。  山に棲む彼らは、総じて“山賊”と呼ばれていた。  リリーは、光の出処に辿り着いたとき、やっと己の失敗に気づいた。  注意深く気配を察知していれば、ここから逸れるルートを選んだ筈だ。  ここにいるのは、人間ではなかった。  光を恐れぬ野獣の集まりだったのだ。 【アイゼン=リリーとスナップドラゴン山賊団】