U  アイゼン=リリーは、複数の狂気の前に曝されていた。  仄暗く輝きを放つ野獣達の目は、リリーの体を舐め回すように見る。  そして彼らは今、各々の妄想の中で、自分の性癖に合わせてリリーを 都合の良い姿に設定して、犯しているのだろう。  リリーはそれを敏感に感じていた。体に寒気が走った。  そして同時に、リリーは己に向けられている殺意をも感じていた。  この中の誰かが、リリーを屍姦する妄想を巡らせているのだ。  吐き気を覚えた。 「姉ちゃん、見慣れねぇ顔だがどこの山から来たんだい?」  その中の一人が、リリーに言った。野太い声だった。 「…ずっと、ずっと遠くの山からよ」 「そいつはお疲れだろうな。どうだい、こっち来て火に当たっちゃあ? ここなら 獣も寄ってこねぇし、来ても俺らが守ってやるぜ。暫く安心して眠れた夜はないだろう?」  あなた達が、獣だわ。リリーは心中で毒づいた。  リリーは微笑んで、 「いいえ。私、急いでいるの。それに、眠くはないわ」  リリーの言葉の後、場の緊張感は飛躍的に高まっていた。 “このアマ、逆らう気か” “女が、山賊の言うことを聞かないなんてこたぁ、許されねぇ” “仕方ない” “犯す”  山賊達は、まさしく獣のごとき気配を放ち、リリーに向かって突進して行った。  リリーはル・レーブをしならせた。  木に巻きついた、伸縮性と耐久性、弾力性をそれぞれ併せ持つ糸。  リリーは逃げを打った。同じ木の周りをぐるぐると回って。  山賊達は、歪んだ笑顔になった。勝ちを確信していた。  妄想は加速し、リリーは山賊達の妄想の中で無残な姿を曝け出していた。  暴力的な性的衝動は、山賊達の猪突猛進を助ける力を与えたが、同時に冷静さを 全く失わせた。木の両側から挟み撃ちにすればいいものを、それすら浮かんでこない 程だった。  糸が、完全に木に巻きつき終わった。ギチギチと、ル・レーブは軋みを上げる。  リリーは、前方に跳びあがり、ル・レーブに体を任せた。  山賊達は、予想だにしない光景を見た。  リリーが戻ってくるのだ。逃げていたはずのリリーが。  リリーは、木を中心にメリーゴーランドのように回転した。  木を軸として、ようやく解き放たれた糸が気持ちよさそうに唸りを上げた。  リリーは、細身の体に似合わず体重が重い。山賊達はリリーの勢いに巻き込まれ、 一気に弾き飛ばされた。  糸が伸びきった頃、リリーも地面に着地した。  その周りには、山賊達が倒れていた。  人数は、僅かに4人だった。リリーはこの時ようやく、正しい人数を把握する心の 余裕を得たのだった。  リリーは、倒れている1人の腹を踏んだ。  山賊は激しく喘ぎ、苦悶の表情に変わった。 「あなた達は、何者?」  山賊は、リリーの問いに答えず、ただ喘ぐばかりだった。  リリーは、足に力を込めながら、 「何者と訊いているのだけど」 「ぐぶっ!! ズ、スナッ……スナップ……ドラ……山賊団」  聞き取れなかったので、リリーはさらに強く踏んだ。 「スナップ! ドラゴン……さんぞぐだんだっ!!」 「スナップドラゴン、山賊団?」  男は必死に首を縦に振った。  リリーは、腹を踏む足の力を、若干弱めた。男は大きく息を吸って、吐いた。  そしてむせた。 「…私だって、こんなことしたくはないのよ。けれど――」  リリーは、奇妙な静謐さを漂わせ、言った。 「私は、この世界のことを知らなければならないの。まだ、死ぬわけにはいかない。 殺されるわけには、いかない」  リリー、無意識のうちにまた、足に力を込めていた。男が再び喘いだ。 「生きるために、あなた達を殺さなければならないというのなら――仕方ないことだわ」 「ごっ、ごろざねえっっ!! ぜっだい、ごろざねえがらあぁぁっ!!!」  リリーは、男の腹から足を上げた。 「…もっとも、あなた達如きに、殺される気はしないのだけれど」  最後、嘲笑を含んで、リリーは言い放った。