V  山賊達は、深く険しい山の中、アイゼン=リリーを案内している途中だった。  彼らはもちろん犬のように従順ではない。虎視眈々と、リリーに一泡吹かせる 機会を狙っていた。  しかし、リリーの発する気配は、獣達を圧倒していた。獣のような山賊達は、 相手の力を量ることには長けていたのだ。  敵う相手であれば、どんな手を使ってでも殺す。それをしないということは、 現状がそのまま答えと等しい、ということ。  リリーは、神経過敏になっていた。生に対する執着は強い。 “死ぬわけにはいかない”――  リリーは考えていた。 “今私が死んだら、ゴレムはどうなる” “あの子を1人にしてしまったら、どんな危険に曝されるかわからない” “そして――まだ私は、何も知らない子供と同じ” “殺されるわけにはいかない、私は”  松明が照らす僅かな明かりの中、リリーの三白眼が細くなる。  スナップドラゴン山賊団は、シャガ島でも1,2を争うほどの規模を誇る 大山賊団だった。  ブルヌス山を根城し、周辺勢力へ次々と攻め込み、降伏させ、乗っ取っていた。  強さだけがモノを言うこの島で、スナップドラゴン山賊団は、気分良く振舞っていた。  山の中腹に、根城は存在した。  本来、山賊の根城というのは、目立たないよう小さく、狭く、自然と溶け込むように 設計するのが基本のはずだった。敵がいつ攻めてくるかは分からない。簡単には気づかれ ないよう、細部まで気を配るのは常識だろう。  ところが、スナップドラゴン山賊団の根城は、さながら城のごとき巨大さで、その存在を 広く、強烈にアピールしていた。根城の上部には火が煌々と焚かれていて、存在を隠す気など 微塵もないのだということが誰の目にも理解できるだろう。  よくもまあ、山中にこんな建物を建てたものだわ。入り口から上を見上げていたリリーが そう呆れていると、 「リリーさん」  リリーは鋭い目で、根城の中から出てきた、自らが倒した山賊を睨みつけた。  山賊は、一瞬たじろいた。 「か、頭が、“会いたい”とのことです」  リリーは頷いてみせた。  案内されるまでもなく、力強い足取りで、根城の入り口をくぐる。  リリーはまだ、気を抜いてはいなかった。少しでも油断したら、命をとられる。  この島は、危険だ。  頭は、リリーの想像していた姿とそう大差はなかった。  筋肉質の大男。露出の多い服装は目に毒。体中が毛に覆われていて、男性らしさの 塊に思えた。  年は恐らく、30半ばから40のはじめ辺り、というところだろう。  この人のことも好きになれそうにはないわね、リリーは思った。 「…なるほど、上玉だな」  山賊という人種は、皆こうなのかしら――この頭も、部下達と変わりのない、女を 見るとすぐに下卑た想像を走らせる――リリーは、小さくため息をついた。 「…俺は、スナップドラゴン山賊団の頭・カラマだ。奴らがなにやらあんたにすまねぇ ことをしたようだ。悪かったな」 「気にしていないわ」  カラマは、リリーに詫びた。それは、リリーにとって小さな驚きだった。  さすがに、頭と呼ばれる人間は多少他とは違うのかもしれない。男という種としての 根本には、変わりがないようだが。 「その詫びがわりじゃねぇが、今日は泊まっていってくれ。なに、あんたに一切危害は 及ばねぇようにするさ。俺の目の届く範囲にいりゃ、安心だからよ」 「…そこの」  この部屋に通されてから、リリーにはずっと気にかかっている存在があった。  それは、カラマから少し離れたところにちょこんと座っている、可憐な少女の姿。  少女は、リリーが入ってきた瞬間からリリーの目を見ていた。リリーもそれに 気付いていた。 「ん? あぁ、あれはコルチだ。占いのできる女でなぁ、あんたも見てもらうがいい。 百発百中だぜ、奴のぁ」 「無理」  コルチは言った。抑揚のついていない声質は、外見とも相まって、幼さを感じさせた。  この頭の女だろうか、それにしては随分―― 「違う。あたしは処女だ」  リリーは、内心仰天した。思考が、見透かされている。 「処女を喪っては、力も喪われる。だからここの獣どもも、あたしだけは犯さない」  カラマは、豪快に笑ってから、 「こいつを欲しがってる山賊は一杯いた。その中で、手に入れたのはこの俺だ」  得意そうにそれを誇るカラマ。リリーにはそれが不快でならなかった。  人を物かなにかのように扱うその態度は、リリーを憤慨させた。 「いいよ、物でも」 「…いいの?」 「どうせあたしなんて、ただ生かされているだけの存在なのだから」  コルチはそう、微笑をたたえて言った。  リリーは、コルチの瞳の奥底にある悲しみに気付いた。  この子は、かつて大事な何かを喪っている――  コルチは、リリーの思いに対して、今度は何も言ってこなかった。  何も言わず、ただその顔に微笑みを宿していた。  しかしやがて口を開き、 「…名前は」 「アイゼン=リリー」 「アイゼン=リリー。リリーの心の奥の方は、真っ暗で何も見えない」  それを聞いたカラマは、驚いた顔をして、 「見えないだと?」 「うん。何もないわけじゃない。だけど見えない。何かの意志が働いている気がする。 とてつもない、何かが、複雑に渦巻いてる。リリーの未来は、見えない」  とてつもない、何か――  それは、なんだろうか。誰かに訊けるものなら訊いてみたいとリリーは思った。 「カラマ」  コルチはカラマを見て言った。 「あたし、リリーと寝たい」