“お姉ちゃーん! 見て、ぼく登れたよ!”  高い木の上から、屈託無い少年が“私”を見て嬉しそうにしている。  “私”は慌てて少年に降りるように声を掛けている。  しかし、少年はなかなか“私”の言うことを聞こうとはしない。 “ずっとずっと挑戦しててやっと登れたんだもの、まだ降りたくないよ!”  全く、元気なものだ。しかし、子供らしくて良い。  確かに、気持は理解できる。しかし、今は風が強い。“私”が心配しているのもそのせい だろうと思う。  何しろ、木の上だ。突風に体を持っていかれたら、ただでは済まないだろう。 “大丈夫だよ! だいじょ、あっ――”  木の枝が、折れた。そして少年は、宙に放り出された。 「…また……夢」  アイゼン=リリーが目を覚ました時、最初に飛び込んできたのは、真白に染まった 空だった。  3人は、吹雪の中にいたのだ。 「…コルチ?」  リリーは、傍らで体を縮ませて震えているコルチの姿に気づいた。何故コルチが このような状態になっているのかが、リリーには分からなかった。リリーとて決して 厚着ではないが、何ともなさそうな顔をしている。対してコルチは、歯をガタガタと 鳴らして、顔面蒼白でとても辛そうだった。白い息が、一定感覚で鼻と口から漏れている。 「どうしたの、コルチ」 「…急に、寒くなってきて……」 「寒い?」 「リリーは……寒くない……?」 「…辛いのね、コルチ? 私にできることは、なにかある」  コルチは、そう言ったリリーの手を、握った。 「…暖かい」  リリーは、コルチの小柄な体を抱いた。全てを悟ったのだろう。 「こうすれば、いいの」 「うん……リリー」  その時――ゴレムが大きく揺れた。リリーは瞬時にル・レーブを繰り、ゴレムの顔に 巻き付ける。片手でコルチを抱いたまま、リリーは遥か下を見渡した。 「…真白な、島……」  この島だけを見ると、世界は白一色のように思えるだろう。  それほどに、雪ばかりの島だった。 “ここなら、ゴレムが出歩いてもいいかもしれない”  リリーは思ったが、そんなことを考えるまでも無く、ゴレムは歩いていた。  実際、上から人間の姿は全く確認できず、問題は無いものと思われた。 「…リリー……ここ、別の島?」 「ええ。ここは、あなたのいた島より西にある島だから……そうよね? ゴレム」  リリーはゴレムの頬に耳を当てた。リリーが頷いたので、肯定の言葉を述べたのだろう。  リリーはあの後ゴレムに「西へ行って」と頼んではいなかったが、あれ程暴れた後にも 拘らず、前に姉が言ったことを覚えていて、忠実に実行したのだろう。 「…そうか……あたし、本当、抜けられたんだ……」 「そうよ。ここは、違う島。もうあんな野蛮な人ばかりの島ではない――と思うわ」  それから、コルチは何も話さなかった。リリーも暫く黙っていたが、やがて、 「…コルチ?」  吹雪で乱れた髪を整えながら、リリーは言った。 「コルチ、大丈夫? コルチ」  反応は、ない。 「コルチ」  リリーは、ゴレムに言った。 「…御免、ゴレム。私、下に降りて、家を探すわ」  リリーは、コルチを背負って飛び降りた。 【アイゼン=リリーと足跡】