U  ラナンキュラスの腹は決まっていた。  目の前の女――アイゼン=リリーは、ただの女ではない。まだ確定ではないが、極めて怪しげな 存在。  クレソン王となる者にのみ、一子相伝の形で伝えられてきた"それら"の存在――アイゼン=リ リーこそが、そうなのではないだろうか――  ラナンキュラスの中に、二つの感情が生まれていた。一つは、なぜよりによって自分の代に"そ れら"が目覚めてしまったのかと、自分を不運に思う感情。  そして、もう一つは、自分の代だからこそ"それら"が目覚めたのだ――という、ある意味高慢と も思える、強烈な自意識。しかしそれは自惚れではない。この先に待ち受けているかもしれぬ、世 界の危機。それに対応するがために、クレソン王国は自らを磨いてきたのである。  脅威には、強い心で応じなければならない。自らを奮い立たせなければならない。  そして、その脅威の正体に最も近いところにいるかも知れない女が、今ラナンキュラスの目の前 に座っている。 「すまなかったな」  まず、ラナンキュラスはアイゼン=リリーに詫びた。 「本来ならば客人として手厚く迎えなければならなかったが、場合が場合なので、な」 「…"私は"別に怒ってなんかいないわ。突然裸にされて、眠らされた時は、戸惑ったけれど。そん なことより――ゴレムは、どうしているの?」 「ゴレム? あの土塊のことか」 「…怖い思いなど、させてはいないでしょうね? 暴力を加えたり、傷付けたりなど――していな いでしょうね?」 「怖い思いなど、あんな――」  土塊に――と言い掛けて、やめた。アイゼン=リリーにとって、あの動力不明の造形物は、本当 に大切な存在なのだとラナンキュラスは感じ取った。ここでアイゼン=リリーを無為に怒らせるの は、決して得策とは思えなかった。 「…何もしてはいない。ただ、動けないように拘束してはいるが」  あの時、ゴレムはネモフィラ山脈の山肌に、四肢を拘束されたまま叩きつけられた。今もそのま ま磔にされてしまっている。確かに危害は加えていないが、ゴレムの精神面のストレスは、計り知 れない。 「…そう」  アイゼン=リリーも、それには納得した。今のゴレムは拘束していないと危険極まりない。もし も自由ならば、自分を追ってくるだろう。そしてその過程で傷付く人が大勢出てくるかもしれない。 拘束は正しい対応だと思うしかなかった。  しかし、そもそも――根本的な疑問があった。 「なぜ、私達を捕らえたの?」 「なぜ捕らえられたか、解らないか?」 「質問で返すのはやめて。この国のルールがどうなっているかは知らないけれど、突然こんな形で 捕らえるなんて、理不尽だと思うわ」 「…過去にあれほどの大罪を犯した者たちをノーチェックで入れてやるほど、この国はお人好しで はないということさ」 「大罪?」  アイゼン=リリーは、ぽかんとした顔になった。 「覚えていないのか――本当に」 「なんなの、それは?」 「教えてやることは容易い。しかし、タダで教えてやるのももったいない気がしてな」 「…気前の良くないこと」  条件がある――ラナンキュラスは、アイゼン=リリーの底知れぬ目の奥深くを眺めながら、ゆっ くりと言葉を紡ぎ出した。  ラナンキュラスの出した条件―― 「…この乗り物は?」 「潜水艦、という代物さ。人間を生きたまま海底まで運んでくれる"はず"のものだ」 「…実験台、ということ?」 「平たく言えばな。しかし、それは副次的な要素に過ぎない。海底の調査が本来的な目的であって、 君に頼みたいことだ」  ラナンキュラスの横にいたリュースが、眼鏡をくい、と上げてから口を動かし始めた。 「潜水艦についてはテストは既に済んでいますので、後は実践のみです。潜水服等、必要な物は中 に入っていますのでよろしく」  アイゼン=リリーの中には疑問が渦巻いていた。しかし、今はこれに乗って海の底まで行くしか ないのだろうと思った。  コルチの言うとおりならば、深い海で、出会いがある。  言うとおりに決まっている。ここまで全て、本当だったのだから―― 「問題ありません、映像はきています」  リュースの部屋のモニターに、潜水艦の艦内が映っていた。リュースは、アイゼン=リリーを眠 らせている間に、目頭の付近に超小型の撮影機を仕掛けていた。 「これから"あれ"の目に映る風景は未知なるものなわけです。全く興奮してくるではありません か!」 「…我々にとっては、な――」  アイゼン=リリーにとっては――