U  ラナンキュラスの記憶が、外部より強く刺激を受けていた。  "外部"とは、勿論、リュースのモニターである。  モニターに映るのは、アイゼン=リリーの瞳に映る世界――今はアイゼン=サルビアの姿で占め られている。  その姿――ラナンキュラスには、すぐに理解できた。理解出来ていないリュースは驚きを表情に 現していた。 「アイゼン=リリーと、同じ……!?」 「そうだ、リュース」  ラナンキュラスは、落ち着いた声だった。驚くことなど何もないと、言外に示しているようだっ た。 「これが"鉄の四姉妹"――アイゼンの名を冠された、人形どもよ……」  アイゼン=リリーにとっては、覚悟など要らない状況にあった。  これから、ほんの数秒後の出来事で、何かが大きく変わるような気がしていた。何か、恐ろしく、 またいけないことなのではないかと思われた。アイゼン=リリーの体内は、ある一部分が壊れてし まうのではないかというほど震えていた。普通の人間であれば、それは心臓と呼ばれる部分だった かもしれない。  しかし、それでも、覚悟などは要らないのである。 「いいの?」  アイゼン=サルビアは、歪んだ笑顔で、確実にアイゼン=リリーの額と自分の額とを合わせよう と迫ってくる。二人の顔の距離は、指一本間に入るかどうか、というところまで近づいていた。 「本当に、覚悟は出来てるゥ?」  今にも笑い出しそうなほどに、アイゼン=サルビアは破顔していた。彼女は心底、この状況を楽 しんでいた。 「…覚悟なんて――要らない」 「強がってンじゃないのォ?」 「ただ、在るべき姿に戻るだけよ。私を元に戻してくれると言うのなら――望みこそすれ、拒むこ とはしないわ。私は、このままではいけない気がしている。だから……」  アイゼン=サルビアは、本当におかしくて仕方がないという面持ちだった。どうしようもなく恐 れているのに、それでも全て受け入れるというその姿勢――アイゼン=リリーの強がりとしか、受 け取れなかった。  互いの息がかかる。開いた唇の先が、睫毛の先が、相手に当たる。 「そう――じゃあ、あたしは、もう知らない! 思う存分苦しみなッ!!」  アイゼン=サルビアは叫んで、しかしそっと自らの額をアイゼン=リリーの額に当てた。  瞬間―― ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「…始まった」  クレソン王国より遥か遠く離れた海上に、巨人が頭だけを出していた。その天辺には、アイゼン =アイリスが立っていた。  そういえば――アイゼン=アイリスは思い出していた。アイゼン=サルビアのゴーレムが、未だ 目覚めていないことを。そして、アイゼン=リリーのゴーレムが、他のゴーレムと異なる性質を持 っていたことを。  アイゼン=アイリスは、"妹"へ愛情を持ってなどはいなかった。否、愛情という言葉を持ち合わ せていないのかもしれなかった。  動くのは、目的のため。共通の目的を持つ方の"妹"――サルビアを、アイリスは救おうとする。 「サルビアを、守らなくては――」  アイゼン=アイリスは、ゴーレムの額をその手で思い切り叩いた。ゴーレムは深い深い海の底へ 潜って行った。  予感があった。  アイゼン=リリーが"弟"と呼ぶ、あのゴーレムは――必ず、動くと。  決して、邪魔立てはさせない。  アイゼン=アイリスは、ゴーレムの額にぎゅっと親指を押し付けながら、憎しみの心を育ててい た。