Y  その時、小さな島が小さく揺れた。  小屋の中の女には分かっていた。それが地震などではないということを。 「…時が、満ちたということ?」  女は、諦めたような顔で外に出て、地面にそっと触れた。 「あなたも、じきに、目覚めてしまう?」  地面は、音もなく胎動していた。  ――ゴレム。自信はある? 『大丈夫、"あんな奴"の考えることなど、お見通しだよ』  ――大体、科学者などという者は。 『自己顕示欲が強い。あいつは特に、そうだった……』  ――答えは一つ。そうよね、それしか、ない。 『リリー、来て』  ――今すぐ行くわ。  海底。アイゼン=リリーは、微笑んだ。  本当に、あのアイゼン=アイリスというのは愚かだと思っていた。今も、どうせ"目覚めの言葉" など分からぬとばかりに高見の見物としゃれ込んでいる。現に横たわっているゴレムに近づいて行 くアイゼン=リリーのことを妨害しようともしなかった。  アイゼン=アイリスはもちろん、アイゼン=サルビアにも、ゴレムの声は届かない。ゴレムの声 を聞けるのは、アイゼン=リリー唯一人。同じく造られた存在にも関わらず。  ――ふふっ。 『どうしたの?』  ――ゴレムは、"ひそひそ"話しているのでしょう? アイリスやサルビアに聞かせたくないから。 『…俺は、本当に話したい人としか話したくないから』  ――サルビアが、あなたと話したがっていたわよ。 『…あいつ、苦手だ』  ――私も。…さあ、こんな居心地の悪い場所、早く出ましょう。 『オーケー』  アイゼン=リリーとゴレムは、額と額とを合わせた。アイゼン=リリーが思い浮かべた言葉は、 ほんの五文字の人名だった。 「――上がって来る! とてつもない速さで……ッ!」  最新鋭の水中探知機が、海底から急激に上昇してくる一つの影を捉えた。画面には、他にもう一 つ影が映っているが、速度がまるで違う。今にも飛び出す寸前であった。  リュースはラナンキュラスを見た。その目は充血していた。 「ラナンキュラス王、捕縛の準備は万全で――」 「よい」 「は?」 「放っておけばよい。下手に手を出せば、こちらも只では済むまい。ネモフィラであっけなく捕縛 された巨人とは、別物に変わっている……それに、まだ"準備"が出来ていないだろう?」  準備――リュースは、ああ、と声を漏らした。 「た、確かに、今はまだ集めたデータを確認している途中で……」 「そう、まだ、時は満ちてはいない、が――あれらは、もう一度、この場に集結するぞ。アイゼン =リリーの動向は、引き続き追い続けておくように」  その時、ラナンキュラス達の目の前を、巨人が一瞬にして通過して行った。そしてそのまま北西 の方角へ消えて行った。もう一つの影は、追跡を諦めたか、途中で海底へ引き返していた―― 「…ねぇ、ゴレム」  アイゼン=リリーは、時折撫でるような仕草を見せながら、ゴレムの頬に触れていた。 「とてもおかしなことなのだけど、私……あなたのこと、弟だと思えなくなってきたの」  アイゼン=リリーの鉄の胸に、ざわつきが起こっていた。起こり始めたのは、初めてゴレムと同 じ言語を共有した、あの瞬間からだった。 「不思議ね、本当に……」  ゴレムは、黙っていた。言いたいことはあったものの、押し黙っていた。 【アイゼン=リリーとアイゼン=サルビア/了】